2016年8月9日火曜日

沖縄県高江村の事。お客様から頂いたメールを転載します。

下記のメールはお客様から頂いたメールを転載しております。
たくさんの人にこの状況を知ってほしいという沖縄の方のメールです。
ぜひとも、今、沖縄で行われていることを知ってください。

以下に出てくる、「標的の村」という映画。
本当に驚きの内容です。
高江村という場所がベトナム戦争の時にも
犠牲になっていたという事実。
そして、今回もわざわざ高江村が選ばれているという偶然?
本当に悲しくて、泣きます。



・・・ こちらは東京のお客様からの文章です ・・・

洲脇大輔さま 園子さま

こんにちは。お忙しい毎日とは思いますが、
知りあい(沖縄出身の女性)がこのようなメールを送ってきたので、読んでもらえたらと。
そのまま貼りつけます。

・・・ ここから下がお客様の知り合いの方の沖縄出身の方のメールです ・・・

去る7月21日、政府指示の下、沖縄防衛局は県北部にある
高江村というところに米軍使用のオスプレイ用
ヘリパッド建設資材の搬入を始めました。
ここは約10年弱、その建設反対の座り込みが
続けられているところです。

まともに取り上げたのは(それでも短い時間でしたが)
TBSとテレビ朝日だけで、
その日政府は、150人程度の人しか住んでいない村に
800名の沖縄県+他府県警察機動隊を送り込み、
建設に反対する住民と支援者を暴力をもって強制排除しました。

また、沖縄防衛局は座り込みの人たちの日除けのテント、
全国からの支援物資を持ち去り、
県警は道路を封鎖し通行車を検問(沖縄県の許可もなく)、
身分証を出させて身元調査するようなことが行われていました。
しかも座り込みの人たちが使っていたトイレへも行けないよう
道を閉じていたそうです。
そのトイレが使えなければ、8キロ先のトイレへ行かなければなりません。
反対の座り込みをしているのは年配の方、お年寄りが多いため、
8キロ歩けということがどれほど非人間的なやり方なのか、
これを知ったとき、本当に腹が立ちました。

強制排除も無抵抗の人たち(あくまでも非暴力で対峙しています)に対して、
殴る抑えつける、挙げ句の果てにはその場所から動かないように
自分の体にロープを巻きつけて頑張っていた女性の、
その首に回っているロープを引っ張り、締め付けたため、
その女性は痙攣を起こし、救急搬送されました。
そしてその場面を見てしまった別の女性が気絶してしまい、
同じように搬送されたそうです。

その他にも機動隊車による轢き逃げ事件
(機動隊員が引いた隊員を逃してしまいました)、
肋骨を折られた人など、異常な状態が高江では続いています。

そして、それにもめげずにみなさん撤去されたところとは別の場所に
テントを置き、座り込み、抗議を続けています。
ですが、今月5日までに沖縄防衛局はそのテント等を撤去するよう
通達しました。
防衛局にはテントなどを撤去何できる権利はありません。
前回は有無を言わせずに持ち去りました。
そして、6日、7日、8日がまたあの警察、機動隊、防衛局の
暴力が起こる可能性が大きいと言われています。
何故5日かというと、6日の原爆記念日に合わせているからです。
しかも自衛隊も派遣するのではないかとの話も出ています。

メディアも人々もそちらに意識を向けているときに
一気に畳み掛ける計画だろうと考えられています。

肝心のメディアも朝日新聞でさえ、
自国で弾圧が行われているときに新聞の一面は「ポケモンGO」でした。
それほど高江、辺野古に関する情報への政府の圧力が大きく、
今のメディアには頼ることができません。

(中略)

ほとんど知られていないこの問題を多くの人に知ってもらい、
この弾圧を止められればと思っています。

それは無理。と思われる方もいるかもしれませんが、
71年前、県民の4人に1人が死にました。
4人家族だったら、そのうち誰か1人は消えて3人しかいないということです。
そんな沖縄戦を生き延びたおじいさんやおばあさんたちが
基地は要らないと、体を張って本気で止めようとしています。
わたしの大叔母も慰霊碑に名前が刻まれています。
幸いと言えるのか、1人だけで済みました。
80を超えた90に近いおじいさんとおばあさんが戦は要らないというのなら、
わたしも手伝いたいと思います。
彼らが守ろうとしているのは高江、辺野古という場所ではなく、
もっと大事なもの。
戦で人が死なない、誰も殺さない、誰にも殺されない世の中と
これからその世を作る人たちです。

あの人たちは力づくで抑えつける機動隊員にさえ心を尽くして語ります。

そんなおじいさん、おばあさんを少しでも守れたらと思い、

――中略――

自分が生まれた時から基地があり、母親や叔父はその基地で働いていました。
ですので、基地に対しての不快感は持っていません。
あるのが当然だったので。
戦後生まれの者はほとんどが同じ感覚だろうと思います。
年寄りも日本人よりアメリカ人に良い感情を持つ人も少なくありません。
それでも、もう基地は要らないのです。
みんなただ平和に暢気に畑して魚を獲って、
踊って歌って暮らしたいだけです。


こう書いていくと何だか大げさでフィクションのようにも思われますが、
高江辺野古反対派へ行われていることは本物の弾圧です。

http://www.magazine9.jp/article/mikami/29564/


高江大弾圧 ~臨界点を超えた政府の暴力~│三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記-第56回
http://www.magazine9.jp/article/mikami/29471/


高江大弾圧 ~臨界点を超えた政府の暴力~│三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記-第56回
http://www.magazine9.jp/article/mikami/29564/


上のURLで読んで見てもらえばある程度わかると思います。

この記事を書いている三上さんはずっと高江と辺野古を追いかけて、
情報を出してくださっている1人です。
監督を務めた「標的の村」と「戦場ぬ止み」も
沖縄の抱えているものを見せる素晴らしい作品となっています。

高江辺野古を気にかけるようになったのも、
この映画の影響が大きく、知らないということが
どれほど罪深いものか思い知らされました。
(後略)

――
以上です。読んでくださってありがとう。
東京都○○

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珈琲の富田屋